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ポルノグラフィティ
ポルノグラフィティ(Porno Graffitti)は、岡野昭仁と新藤晴一の2人からなる日本のロック (音楽)|ロックバンド (音楽)|バンド。所属芸能事務所|事務所はアミューズ、所属レコード会社はエスエムイーレコーズ。音楽プロデューサーは本間昭光(ak.homma)と田村充義。1999年のデビュー当時はTama_(ベーシスト)|Tamaを含めた3人組であった。略称は「ポルノ」「PG」「ポルグラ」など。また、かつては岡野昭仁は「岡野昭仁|アキヒト」、新藤晴一は「新藤晴一|ハルイチ」、Tamaは「Tama (ベーシスト)|シラタマ」の名で活動していた。尚、「Porno Graffitti」という言葉は造語で、大阪時代、周りのバンドに負けないインパクトのある名前にしようという事で、エクストリームの2ndアルバム名から拝借してきたものである(冒頭定義部参照)。
メンバー
メンバーのエピソード、その他詳細については各メンバーの項目を参照。
* 岡野昭仁(おかの あきひと、1974年10月15日 - ):ボーカル・リズムギター・コーラス (ポピュラー音楽)|コーラス
* 新藤晴一(しんどう はるいち、1974年9月20日 - ):ギター・コーラス
元メンバー
* Tama (ベーシスト)|Tama(タマ、本名:白玉雅己(しらたま まさみ)1974年4月27日 - ):ベース (弦楽器)|ベース・コーラス
* 中尾天成(なかお たかなり):ドラムセット|ドラムス
ポルノグラフィティ結成当時のドラムス。
現在は専門学校でドラムスの講師をしている。
1995年脱退。
* 織畠英司(おばた えいじ):ドラムス
中尾天成 脱退後のドラムス。
現在、アコーディオン奏者の長坂憲道と共に活動中。
TOKIOのドラマー松岡昌宏に指導していたことがある。
1997年脱退。
サポートメンバー
ポルノグラフィティのライブにおいて定番の5人(上から5人)に加え、2007年のアリーナツアーより2人が追加された。特に決まった呼称はないが、LIVE DVDの副音声や雑誌のインタビュー等で「ポルノ・チーム」と称することがある。また、この「ポルノ・チーム」はサポートメンバーだけでなく音響や照明などのスタッフも含めて呼んでいる。
* 小畑隆彦|小畑ポンプ:ドラムス
* nang-chang:マニピュレーター、パーカッション、テルミン
* NAOTO:ヴァイオリン,キーボード (楽器)|キーボード
* ただすけ:キーボード、ピアノ、シンセサイザー
* 野崎森男:ベース
* 本間昭光(ak.homma):キーボード
* ラムジー:パーカッション
(さいたま公演2日目のみ ポールがパーカッションとして参加した)LIVEツアー『POCARI SWEAT × PORNO GRAFFITTI LIVE "RE・BODY"』においては、以下のメンバーがスペシャル編成バンドとしてサポートに参加した。
* 松永俊弥:ドラムス
* SPAM:パーカッション
* 根岸孝旨:ベース
* 本間昭光:キーボード
元サポートメンバー
* ジャッキー池田 :キーボード
* 齋藤たかし (ドラマー)|斎藤たかし:ドラムス
サポートメンバー以外の演奏参加
* 野崎真助:ドラムス (野崎森男の実兄)
*高橋ロジャー和久:ドラムス
* 亀田誠治:ベース (シングル『ハネウマライダー』全収録曲)
* 啼鵬:バンドネオン (シングル『ジョバイロ』)
概要
大要
全員広島県因島市(現・尾道市)出身。バンドの原点は、新藤が中心となって因島高校で結成したNO SCOREというバンド。バンド名は当時のドラマーが「わしは楽譜|スコア見なくても叩けるで!」と言ったことから由来している。結成時は新藤と新藤の従兄弟からなるバンドで、ここに新藤に誘われた岡野、白玉(Tama)が加わっていく。当初は新藤がボーカル声部|パートを担当していたが、岡野をコーラスとしてスカウトしたところ、岡野の方が歌が上手かったのでボーカルパートを岡野に譲り、自身はギターパート担当となった。なお、このノースコアは後々のポルノグラフィティの原点となった。メジャーデビュー時のメンバーはアキヒト(ボーカル)・ハルイチ(ギター)・シラタマ(ベース)の3人。それぞれの長所を発揮しヒットを重ね確実にファンを増やしてきたが、2004年6月にTamaがソロ活動を開始するため脱退を表明。現在の2ピースバンド形態となった。以後マスコミなどに「2人組ユニット」として紹介されることも少なくないが、本人達はバンドだと主張している(実際、「2人組バンド」としてB'zやLOVE PSYCHEDELICO、milktubなども存在する)。Tamaが抜けて2人体制でリスタートした際に「新たな”ポルノグラフィティ”の確立」を目標とし(実際、2005年ライブツアー終了後に「もう『2人での〜』という言葉は使わない」と公言している)、また2006年のキーワードを「再生」とするなど、現在では既存またはそれまでのポルノグラフィティに留まらず常に進化し続けようと活動している。主に作詞はメンバー2人が手がけ、作曲・編曲はメンバーにプロデューサーの本間を加えた3人(Tama在籍時は4人)が手がけている。
略歴
* 1990年-1992年 高校の文化祭で公演するため、新藤を中心にバンド「NO SCORE」を結成。
* 1994年 高校卒業後、進学等で別の道に進んだがこの年の春に大阪で再会しバンド活動を開始。以後大阪を拠点にライヴを中心に積極的に活動。
* 1995年 初ワンマンライヴ。城天でのライヴも開始。心斎橋筋二丁目劇場においてお笑いの合間にライブを行った。
* 1996年
10月27日、CDアルバム、『ポルノグラフィティvsリンカーン』を発売。
11月23日、日本放送協会|NHK主催、ニューBSヤングバトルに大阪ブロックで出場。曲目は『Don't Bite My Legs』
12月25日、江坂ブーミンホールにてCDアルバム発売記念ライブをLincolnと共に開催。
* 1997年
エスエムイーレコーズ|ソニーミュージック (SME Records)及びアミューズと正式契約し上京。活動拠点を東京に移す。
* 1998年 デビューに向け、楽曲制作を中心とした活動に移行。なお、この制作期間中にそれまでの楽曲を書き直したり作り直したりしている。
* 1999年 9月8日『アポロ (ポルノグラフィティ)|アポロ』でメジャーデビュー。この当時、『アポロ』がレコード会社の予測を超えて売れたため一発屋ではないかと囁かれたもののヒットを後数々重ねる事となる。
* 2000年
『サウダージ (ポルノグラフィティ)|サウダージ』が初のミリオンセラー|ミリオンヒットとなり注目を集める。
日本放送協会|NHK「NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦」に初出場する。『サウダージ (ポルノグラフィティ)|サウダージ』を演奏。
* 2001年
2ndアルバム『foo?』が112万枚(オリコン集計ベース)を売り上げ、ミリオンヒットとなる。
『アゲハ蝶』がエフティ資生堂「ティセラ・トコナッツココナッツ」のCMソングとなり本人もCM出演。
『アゲハ蝶』ミリオンヒット。
* 2002年
『アゲハ蝶』が第16回日本ゴールドディスク大賞ソング・オブ・ザ・イヤーを、アルバム『foo?』もロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
『Mugen (ポルノグラフィティ)|Mugen』が日本放送協会|NHKFIFAワールドカップ中継公式テーマソングとなり、話題となる。
NHK紅白歌合戦に2度目の出場、『Mugen (ポルノグラフィティ)|Mugen』を演奏。
* 2003年
2月、シングル『渦』より「コピーコントロールCD|CCCD」へ移行。
4月1日、ソニー・ミュージックエンタテインメントの再編事業により、所属レーベルのエスエムイーレコーズ|SME Recordsがソニー・ミュージックレコーズの事業レーベルから株式会社エスエムイーレコーズとして分割・独立した。これにより、所属レコード会社、レーベルともにSME Recordsになる(販売元はソニー・ミュージックエンタテインメント→後にソニー・ミュージックディストリビューション)。
* 2004年
『メリッサ (ポルノグラフィティ)|メリッサ』が第18回日本ゴールドディスク大賞ソング・オブ・ザ・イヤーを受賞。アニメ「鋼の錬金術師」の第1期オープニングテーマに起用される。
5月13日、FM802 ROCK KIDS 802 SPECIAL LIVE〜REQUESTAGE 2〜に参加(Tamaを含めた3人組での最後のライブ)。
6月22日、『自身の追求』の為、Tamaが脱退をファンクラブ会員に宛てた手紙で表明。
7月28日、『PORNO GRAFFITTI BEST|PORNO GRAFFITTI BEST RED'S』『PORNO GRAFFITTI BEST|PORNO GRAFFITTI BEST BLUE'S』をリリース、Tamaが脱退する。
9月-11月 デビュー5周年をはじめとする様々な節目を迎える中、『シスター (ポルノグラフィティ)|シスター』、『黄昏ロマンス』をリリースし2人体制でのリスタート。
12月31日、NHK紅白歌合戦に3度目の出場、『黄昏ロマンス』を演奏。
* 2005年
『PORNO GRAFFITTI BEST RED'S』『PORNO GRAFFITTI BEST BLUE'S』が第19回日本ゴールドディスク大賞ロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
3月14日よりオンエアの武田食品工業(現・ハウスウェルネスフーズ)「C1000タケダ ビタミンレモン」のCMに出演。
7月17日、野外ライヴイベント「ap bank fes'05」に参加。
11月22日-11月23日、故郷である因島市にて、市内在住の小中高生および市内の小中学校・高等学校在学生のみを無料で招待するコンサートを実施(2006年1月10日に因島市と尾道市が合併し、因島市が廃止されるため)。
12月31日第56回NHK紅白歌合戦に4度目の出場、『ジョバイロ/DON'T CALL ME CRAZY|ジョバイロ』を演奏。
* 2006年
4月26日にリリースされた森雪之丞のトリビュートアルバム「Words of 雪之丞」に参加。
7月15日、野外ライヴイベント「ap bank fes'06」に2年連続で参加。
8月27日・8月28日、事務所の先輩であるサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、『THE 夢人島 Fes.|THE 夢人島 Fes.2006』に参加(2日間とも)。
12月31日、第57回NHK紅白歌合戦に5度目の出場、『ハネウマライダー』を演奏。
* 2007年
2月28日より、6thアルバム『m-CABI』のインタールード『m-NAVI』がフルヴァージョンの『m-FLOOD』として配信限定でリリース。
3月24日から、8thライブサーキット『OPEN MUSIC CABINET』が始まり、全国12ヶ所で合計24回の公演を6月17日に無事に終えた。
7月18日に、作詞・作曲:岡野昭仁『リンク (ポルノグラフィティ)|リンク』リリース。スバル・インプレッサのCMソングに起用される。
8月29日に7thアルバム『ポルノグラフィティ (アルバム)|ポルノグラフィティ』をリリース。
11月21日より、『アポロ (ポルノグラフィティ)|アポロ』から『リンク (ポルノグラフィティ)|リンク』まで、全24曲を着うたフル として配信されるようになった。また、23rdシングル『あなたがここにいたら』も先行着うたとして配信される。
11月26日より、9thライブサーキット『ポルノグラフィティがやってきた』を開催。
12月31日、第58回NHK紅白歌合戦に6度目の出場、『リンク』を演奏。
* 2008年
2月13日に、23rdシングル『あなたがここにいたら』がリリース予定。

